『間奏曲』に寄せて


日生劇場で劇団四季の『間奏曲』を観たのは1970年頃だったと思います。
演劇を観る習慣のなかった私が、なぜ、誰と出かけたのか記憶にないのですが、
札幌から上京した女子大生の私にとって劇場と観客のスノッブな雰囲気は物珍しく、
美しい言葉がいつまでも耳に残りました。
当時の四季は、ミュージカルがメインの現在と異なり、
ジロドゥ、アヌイなどのストレートプレイを盛んに上演する劇団でした。

同じ頃、新劇に反旗を翻すアンダーグラウンド演劇が最も刺激的な活動を展開していました。
しかし当時の私はそれを知らず、ずっと後になって、同時代の貴重な現場を見逃したのだ、ということを知りました。
演劇に関わるようになって、私は「遅れてきた観客」なのだという思いに、いつも心急かれてきました。
『間奏曲』は、そんな自分を映す鏡のような位置にひっそりと止まり、折に触れ、灯をともしてくれました。

レッドベリースタジオは、おかげさまで今年12月で満10年を迎えます。
個人的にも、いくつかの節目をむかえた今、あらためて『間奏曲』を取り出してみました。
予想に反して、同じ言葉に胸を突かれ、同じ夢幻に迷います。
長い時間を経て、今だから肯ける言葉、輝き始めた言葉も加わりました。
やはり芝居として観たい、と切に思いました。

しかしこれは並みの戯曲ではありません。
ジロドゥ特有の観念的な言葉、詩的な言葉、ことば遊びなどが満載され、
日本語で上演すること自体がすでに冒険でしょう。
歴代の訳者のご苦労の成果でずいぶん分かりやすくなっているとはいえ、
やはり膨大な言葉の洪水が立ちはだかっています。
いま札幌で、こんな無謀に取り組んでくれる演劇人が居るでしょうか。

そこで思い浮かんだのが弦巻啓太さんでした。
『青い鳥』や『マクベス』といった古典を再構成する手さばきが鮮やかだったこと。
また弦巻さんが書く作品を見ると(一部しか見ていませんが)
この人なら『間奏曲』を読み解く鍵を持っているのではないか、と思われました。
私の依頼を受けて立ってくれた弦巻さんに、心からの感謝と賞讃を贈りたいと思います。
そして、弦巻さんの呼びかけに応えて集まった「ツルマキ・アーケストラ」のみなさんが
格闘の末に取り出してくださった「言葉」に出会える開演の時を、
胸をときめかせて待ちたいと思います。
この作品との出会いが、演劇を志す若い方たちの糧となりますように。
                                 飯塚 優子